2.左下7の近心根を右上2部に移植後、左下の埋伏智歯を左下7部に移植

 1999年3月初診,51歳女性.2000年に,右上2のメタルボンド冠,上①1②および左上③4⑤のメタルボンド・ブリッジを当院にて製作した.11年12月,リコール時に右上2にフィステルが認められた.デンタルX線写真から根尖に病変はみられず,歯周ポケットが急に深くなったことから歯根破折と診断した.12年3月,右上2を抜去したが,歯根に亀裂が生じていた.
 同部の補綴処置については,インプラントあるいはもう一度ブリッジを作り直す設計が考えられる.後者の場合,当院で装着した①1②のメタルボンド・ブリッジを作り直さなければならず,被害が大きい.また将来,無髄歯である右上3あるいは左上2に歯根破折が生じる可能性もある.ここで移植できるドナー歯がないかよく観察すると,左下7の遠心に10mmの歯周ポケットが存在した.そこで,この歯の近心根をドナー歯として利用する治療計画を立てた.

 まず,左下7に挺出力を加え,抜去しやすいように細工した.この歯の動揺を確認後,2012年4月に左下7の近心根を右上2部に移植した.なお,遠心根は廃棄した.右上2部の抜歯窩の唇側には歯槽骨が全くなかったため,周囲の歯槽骨をメスで削ぎ落とし,これをドナー歯の唇側に被せることにより,同部の血餅の確保を期待した.なお,最近はフラップを開けず,直接抜歯窩にドナー歯を埋め込む術式を行っているが,どちらが良いのかはまだ判断できていない.また,歯根が湾曲しており根管治療が困難と予想されたため,根尖をスーパーボンドにて封鎖した.術後1ヵ月,移植された右上2の歯周ポケットは3mm以下であったが,歯頸部の歯肉が下がってしまったため,自然挺出が生じるように歯冠形態を調節した.

 つぎに,埋伏している左下8を何とか左下7部の位置に歯科矯正で移動できないかチャレンジした.歯科矯正に拘ったのは歯髄を保存したいがためである.2012年5月,フラップを開け,歯冠周囲の歯槽骨を除去し,歯冠にフックを付与し,クローズドコイルを用いて引っ張り出そうと試みた.しかし,約1年間たっても変化がみられず,歯科矯正を断念せざるを得なかった.
 13年6月,歯の移植による移動に切り替えることにした.矯正力を加えても動かなかったことから,癒着の可能性も否定できなかったが,意外に簡単に抜去することができた.左下7部にソケットを形成したのち,植立・固定した.歯科矯正が失敗したのは,歯冠周囲の歯槽骨の削去が不足していたのではないかと反省している.

 2014年2月,今回の一連の治療が一段落ついた時の状態.移植した右上2および左下7は,問題なく経過している.今後も咬合力が強いことから歯根破折が生じる可能性が懸念されるので,日中のTCH,咀嚼時に少しだけ力を抜くことを常に意識するようにお願いしている.
 この症例で,右上2に移植するドナー歯がない場合は,右上3を支台歯とした③2の延長ブリッジを考え,取り敢えず暫間被覆冠を装着し,1年ぐらい経過をみて最終判断すると思う.この場合は,右上2では絶対に咬まないということが条件となる.しかし術者としては,今後も常に心配し続けなければならず,今回はドナー歯が見つかって本当に幸いした.

 2018年7月,ブリッジの支台歯である左上2が歯根破折した.過蓋咬合の人は上顎前歯に加わる側方力が大きくなるのであろう.幸い破折部位は低位であったので,再植し,12月に硬質レジン前装冠を装着した.右上1は延長ポンティック付き,左上2も単独植立なため,少し動揺が認められるが,動くので却ってここで咬まないのではないかと期待している.
 20年6月現在の正面観およびパノラマX線写真を示すが,順調に経過している.